暁の大地

09.山中にて

 ロンバルディア大陸。
 人間とエルフという二つの種族が混在しており、また、現在はエルゼシア帝国という国家が統一している地だが……もう一つ、地形上の特徴がある。
 ありていに言って、やたらと山、山脈が多いのだ。大陸を縦に何本もの山脈が走っており、その間にある平地に人々は街や村をつくって住んでいるような状態なのである。地方と地方の領地の区別も、もっぱら山脈によることが多い。
 そのため、旅……つまり長距離の移動には相当の苦労を強いられる。エルゼシア帝国が建国されて五十年、街道などもそれなりに整備されてきてはいるのだが、それは近距離間の街や村を結ぶに留まり、まだ山脈を超えるような街道までは整備されていなかった。
 よって……
「えっと……今いるの、どこらへんだ?」
 家から持ち出してきた地図を眺め、ダレットは頭を掻いた。王都を抜け出して十日あまり。王都の近辺にいるのはまずいので、山を越えて別の地方領に出ようということになったのだが……とにかく行っても行っても山道で、方向感覚というものもいい加減狂ってきていた。
 キルファも横から地図を覗きこむ。街の位置に関してはかなり正確に記されている地図だったが、さすがに山道の途中にあるものまでは記載されていない。
「多分ここらへんじゃない? 山に入って一日これくらい進んでるとしたら」
 地図をなぞりながらキルファが説明する。何やら眉根を寄せ、地図を凝視していた。
「こりゃあ、また野宿だな。もう少し進めば村があるみたいだが」
「そうねー……」
 ここ数日はずっと山の中を歩いているので、当然野宿である。キルファはスラムで実質野宿生活をしていたので別段困るようなこともなかったが、ダレットは勝手が違って戸惑うことが多い。いかに自分が恵まれた生活をしていたかが分かるというものだ。
 ダレット自身もそれは自覚しているので、弱音を吐くことはなかったが。
「また野宿となると……それじゃあ、どうしようか。適当な場所を探して、それよりも何か食べるもの探さないと」
 キルファは事務的な口調で言うと、あちこちを見回す。とりあえず、食料だけは調達しなくてはならない。携帯食料も持ってはいるが、それは出来る限り節約しなくてはならない。
「食べ物、ねえ……。あ、あそこにキノコがある」
 今、二人がいるのは旅人たちが踏み固めてできた細い山道だ。すぐ側には、うっそうと木々が生い茂っている。キルファは木の根元に食料を見つけ、駆け寄った。懐から布を取り出すと、ひょいひょいと取っては入れる。
 ダレットも追いつくと、それを手伝い始めた。
「あ。それ、食べない方がいいわよ。オオワライテングタケ。三日間ほど笑い転げたいなら話は別だけど」
 種類を確認せず適当にキノコを収穫していたダレットに、冷ややかにキルファが言った。何時の間にか手にしていた、毒々しい青色をしたキノコをダレットはまじまじと見つめ、そして額から一筋冷や汗を流す。
 キルファは、やたらと野草や薬草の知識が多い。それはここ数日でダレットも気付いていた。
「お前、やたらとそういうことに詳しいよな」
 とダレットが訊いたところ、
「昔、手伝いをしてたからね」
 とそれだけ言った。何か嫌な思い出でもあるのか、苦虫を噛み潰したような顔をしたのでダレットもそれ以上は追及しなかったのだ。
「えーと。こんなもんかしらね」
 布にキノコを山盛りにしたところで、ようやくキルファはキノコ取りを止めた。満足そうに頷くと、包んだ布を抱えて歩き出す。
「お前、それだけの量を食う気か……?」
 ダレットが引きつった顔で訊く。
 最初に会った時も彼女は滅多やたらに食べていたが、あの時は単に飢えているだけだろう、と思っていた。が、実は単に大食いであっただけらしい。
「当たり前じゃないの。食べられる時に食べておく。野宿の基本よ」
 しれっとキルファは言った。どうせ、これだけの量もほとんどがキルファの腹に入ってしまうのだ。ダレットはため息をついた。
 そろそろ日が暮れてきている。寝る場所を探さなくてはならない。こういった時、野宿は不便である。まず水を調達できること、それから出来れば雨をしのげる場所を探さなくてはならない。また、野生の動物が襲ってくる可能性もあるため、その見極めもしなくてはならない。
 実を言えば、旅に出た当初は馬車を買う、という案もあったのだ。その方が荷物の運搬は格段に楽だし、寝る場所にも不自由しない。雨もあまり心配しなくて良い。
 が、前述の通り山が多い地形であるので、山を越えるのには馬車は不向きであること、またキルファが馬を扱えないことから、その案は没になった。ダレットにしても騎乗に関して習ったことがある程度で、御者はやったことがない。
「なあ、これ何だろうな?」
 また地図を眺めていたダレットが一点を指差した。現在位置……と思われる場所……のすぐ近くに、小さな印が書かれている。が、点が打たれているだけで、何の説明書きもない。
「さあ……」
 キルファは眉根を寄せた。元々『何かを読む』という作業に慣れていないため、先程と同じように顔をしかめて地図を凝視している。
 王都など大きな都市ではともかく、辺境では読み書きの出来ない人間、また『読めても書けない』という人間は多い。そこそこ大きな街だと代筆屋という職業が存在し、手紙などの代筆をやったりもする。だが、キルファは何処で習ったものか、読み書き程度ならこなせるようだ。無論、ダレットは貴族の子供として読み書き、一般教養は叩きこまれている。あまり成績は良くなかったが。
「何かの記号とか、そういうものじゃないの?」
 キルファが訊いた。
「いや、街やら村やらの記号とは別なんだよな。この近辺、エルフの村はあるみたいなんだが、それはもっと先だ。かといって、危険地域ってわけでもなさそうだし……」
 ダレットは首を傾げる。
「行ってみよっか?」
 唐突にキルファが言った。
「こんなわけの分からん場所にか?」
「別に危険ってわけでもなさそうなんでしょ? かなり近いみたいだし。それで寝る場所を見つけられたらめっけもんでしょ」
 ダレットも、正直、野宿で疲れが溜まってきているところだった。野生の獣が襲ってくる可能性があるのでキルファと交代で焚き火の番をするのだが、お陰でかなり寝不足だ。それはキルファも同様なのだろう。
 もし、何かしらの建物でもあれば、獣が入ってくる可能性はぐんと減る。久々にぐっすりと寝られるかもしれない。
「そう、だな」
 結局、ダレットも頷いた。

「ここらへん、だな……」
 地図を確認し、ダレットは言った。しかし、そこには何の変哲もない、いい加減見飽きてきた森が広がっているだけだ。さっきいた場所と何ら変わらない。
「無駄足か……?」
 ダレットがため息をついた、その時。
「ねえ、これ何だろ?」
 木々の中に入り込んでいたキルファの声が聞こえた。追ってダレットも入る。
「偶然こんな愉快な石が出来ました、ってわけじゃないよな」
 ダレットが思わずうめいた。
 目の前にあるのは、ダレットの膝くらいの高さの石だ。が、その形はどうみても天然のものには見えない。幾何学的な紋様が全面に彫られ、正確な直方体の形をしている。小さめの石柱といったところか。
「こっちにもあるわ」
 近くをうろついていたキルファがまた言った。見渡してみると、木の陰に隠れて、似たようなものが幾つもある。
「何かしら、意味があるんだろうな。多分」
「どっかに相当な暇人でもいたのかしらね? ……しかしまあ、結構な数よ、これ」
 ぶつぶつ言いながら、キルファはなおもあちこちを探っている。キルファは、探索に関しては目端が利く。さすがに元盗賊だ……と言ったら、彼女は怒るだろうが。
「ちょっと、何か書くものある?」
 キルファが問い掛けてきた。が、生憎とペンは荷物の底に仕舞い込んでしまっており、出すのは結構な手間だ。仕方なしに、キルファは地面を一部ならすと、そこに木の枝で何やら書き始めた。
「何やってるんだ? お前」
「んー、この石柱、ばらばらに並んでるみたいだけど、何か意味があったりするのかなって思って」
 石柱の位置を確認し、大体の位置を図に描いていってみる。全体を把握できたわけではないが、明らかに何らかの規則に従って置かれているのが分かる。
「この模様、何か見覚えない?」
 石柱の置かれている場所を点として、それを繋いでいってみると、幾何学的な模様が現れた。正方形を幾つもつなげ、組み合わせたような形だ。
「うーん……ありがちでかえって分からないな……待てよ」
 手近にあった石柱に駆け寄り、彫られている紋様を覗き込む。案の定、そっくりな紋様もあった。
「これだな、多分」
「何の紋様か、あんた知ってる?」
「さあ……」
 どこそこの紋章、といわくがあるものは実はかなり多い。帝国の紋章から始まって、ダレットが所属していた王宮騎士団、軍部、それぞれの地方領主に至るまで皆違った紋章を掲げている。ダレットがあまり真面目に覚えていなかったせいもあるだろうが、全部把握している人間もそうそういないだろう。あの兄なら有り得そうな話にも思えたが。
「って、この紋様、中心にも模様があるわね」
 石柱を覗き込んで、キルファが言った。先ほど自分が描いた図も確認してみるが、そちらには中心には何も無い。
「こういった場合、中心に何かあるってのがお約束なんだけど」
 ダレットをほっぽって、キルファはさっさと中心部と思われる場所に向かって歩き始めた。
 そして。
「……ここまでお約束だと、かえって悲しいものがあるわね」
 ぼそりとキルファが言った。目の前には、一抱えほどもある岩がどん、と鎮座している。先ほどのものと似たような紋様が彫られていることからも、間違いないだろう。
「でも、これが何の意味があるのか……。変な岩があって終わり、だったら単なる無駄足だぞ」
 そろそろ辺りも暗くなってきている。そんなに遊んでいる余裕はない。岩の周りを探ってみるが、何もない。本当に、岩が一つ置かれているだけだ。
「地図の作成者も、似たような苦労をしたんでしょうね。それであまりにも腹が立ったから、書き込んでおいたんじゃないの?」
 わざわざ調べて謎解きまでして、見つけたのが岩一つでは腹も立つというものだ。いわくありげな紋様まで彫られていながら、何もないあたりがかなり陰険である。
「どこの暇人が造ったのかは知らないけど、相当嫌味な奴だったってことだけは間違いなさそうね……」
 ぶつぶつと言いながら、腹いせのつもりか、キルファが拳でその岩を軽く叩く。その瞬間。
「…………!」
 閃光。
 音はない。ただ、強烈な光が、一瞬辺りを支配した。明暗が逆転したかのように、辺りの空間を白い光が埋め尽くす。
 不意のことだったので、顔を覆う間もなかった。強烈な光に完全に目をやられてしまっている。どうやら光はすぐに消えたらしいのだが、目を開けてもまったく周りが見えなくなってしまっている。
「くそっ……何だっていうんだ」
「あたしに聞かないでよ」
 悪態をついているうちに、徐々に視界がはっきりしてくる。何も、周りの風景は変わってはいなかった。薄暗い森の中。うっそうとした木々。
 いや……
「何、これ……」
 キルファが呆然と呟く。
 先程の大岩が、物の見事に砕け散っている。さっきまで大岩だったはずの無数の石ころの先には、ぽっかりと穴があいていた。
 暗いために先を見通すことは出来ないが、地面の中に続いているようだ。
「地下通路、か?」
「そうみたいだけど……何なのよ、これ。気味悪い……」
 さっき、自分は軽く岩を叩いただけだ。それなのに、何故いきなり大岩が砕け散ったのか。常識では有り得ない。普通なら真っ先に離れるところなのだが……
「とりあえず、変な印の正体がこれだってことは分かったけど……どうする? 行ってみる?」
 見たところ、地面に穴が空いており、それがずっと続いているだけだ。別段、危険であるようには見えなかった。何かしら罠が仕掛けられている可能性もないわけではなかったが、それならばその時点で引き返せば済む事だ。キルファは、罠を見抜くことに関しても自信がある。
「ここで引き返すのも腹が立つしな。それに、この中で寝られたらそれで良いだろ」
 中がどうなっているのかは想像もつかなかったが、今まで大岩で塞がれていたのだから、狼が群れをなしている、などということはまずないだろう。森にいたとしても、入ってこられないように入り口に少し細工でもしておけば済むことだ。
 別に謎を解明は出来なくとも、一晩野宿する場所を確保出来ればそれで良いのだから。
「そうね。それじゃ、行きますか」
 キルファは頷くと、穴の中に身を滑らせた。  

 

 
Copyright©2001-2007 Shu Fujimura All Rights Reserved.