14.助太刀
「何だ、わざわざ俺が出ることもなかったじゃねえか。あの大男が留守とは思わなかったな」
ドラウィダの村。辺りからは炎が立ち上り、エルフたちが右往左往する村のど真ん中で、男……カリエスはぼやいた。盗賊団の首領の、いかつい顔の男である。身長こそ大して高くはないが、身体中が盛り上がった筋肉に覆われている。額には切り傷がはっきりと残っており、それが武骨さを引き立てている。
周りでは、手下たちが大忙しで働いている。具体的には、村の蓄えを奪っているわけだ。先ほどのもう一人、村からの内通者の話どおり、サリクスとか言う男を除けば、警備のエルフたちとて大した戦力ではない。
これならば、わざわざ村のエルフを引き入れることはなかったかもしれない。単純な力押しで事足りた。
「まあ、有難いことではあるんだけどな。もうちっと、手応えがあってもいいよなあ」
ふと呟く。
「おい、あんまり楽しんでるんじゃねえぞ。取るもん取ったらとっとと退くぞ」
部下たちに向かい、カリエスは怒鳴った。
(迂闊だった……!)
疾走しながらサリクスは心の中で喚いた。まさか、自分が留守の間に都合良く盗賊がやってくるとは思わなかった。そんなに村から離れたつもりはなかったが、村までの道がとてつもなく遠く感じる。気持ちだけが先走るが、どうしようもない。
立ち上る煙が近づく。村が見えてきた。いつもは、村の周りに巡らされた塀には見張りがいるのだが、今は見張り台は空である。
「何だって簡単に入り込まれたんだ! 誰かしら、気づくはずなのに……」
前回の襲撃の時も思ったことである。が、調べるだけの時間はなかったのだ。
見張り小屋に入ると、立てかけてあった武器を手に取る。いつも使っている、愛用の武器だ。外に出たときは使わないだろうと持っていなかったのを惜しむ。これがあったら、あの人間……ダレットとの勝負もまた違ったものになっただろうに。
「あいつか!」
村の中心で大声で指示を出している男。おそらく、あいつが首領格だろう。
首領に気づかれないように建物の影に回る。
『秩序と混沌の支配者よ・姿なき世界の王者よ・我・汝に請わん・汝が力・仮初めなれど・我に与えん……』
魔法言語の詠唱。同時に狙いを定め、辺りの『場』に意識を接続する。
意識だけが身体から浮き上がり、周りの空気に溶け込むような感覚。周囲の空間と意識を完璧に同調させる。
呪文の詠唱に従って、周囲の『場』が徐々に変化していくのが分かる。一時だけではあるが、自分が、周囲の世界法則を支配する。
『――炎よ・その炎熱をもって・敵を砕け!』
呪文詠唱完了。攻撃魔法<爆呪>起動。
男の足元が突如、光を発する。次の瞬間、轟音が轟いた。
「<爆呪>……か!」
足元が光った瞬間に悟り、防御体勢を取ったお陰で、重傷は負わずに済んだ。が、細かい傷は無数に負っているし、着ている服はぼろぼろになってしまっている。
<爆呪>は、攻撃魔法としてはポピュラーな術だ。地面の一点を基点として爆発を起こすだけのものだが、能動的な防御などにも使えるなど、応用範囲が広い。それに、魔法としては初級の部類に入る。
カリエスも、この魔法は知っている。が、彼自身は魔法は使うことが出来ない。
魔法とは、『場』と呼ばれるもの、いわゆる世界法則に意識を接続し、魔法言語によって一時的に世界法則の上書きを行う技術だ。それによって、本来起こり得ない現象を引き起こすものである。
人間には、『場』に意識を接続する能力がない。だから、魔法を使えるのはエルフ族のみなのだが、エルフ族の中でも、接続した『場』を書き換えるまでの干渉力を持ったものは少ない。大体、五、六人に一人の割合だ。また、どこまで広範囲の『場』に干渉出来るか……どれほど強力な魔法を使用できるかも、個人によって大きく差がある。
が、けた違いに強力な魔法使用者……魔導士でもない限り、目で確認できる範囲にしか魔法は使えないはずだ。魔導士は、この近くにいることだけは間違いない。見回してみるが、今更反抗しようなどというエルフは見当たらない。
「さて……どいつだ?」
もっとも、カリエスに探す気など毛頭ない。こうなったら、この村人全員を始末してしまえばすむことだ。
にやり、と残虐な笑いを浮かべる。手にした武器を握り締める。金属の冷たい感触が心地良い。
その時。
「貴様あっ!」
突進してくる人影が目に入る。武器を手にし、一直線にこちらに向かってくる。髪や目、体格の特徴からして間違いない。あの、サリクスとか言う男だ。
「ようやく登場……ってか」
獰猛な笑いを満面に浮かべ、カリエスは振り下ろされる武器を受けた。
ぶん、と風を切る音がする。
普通のエルフなら胴を真っ二つに出来そうなその一撃を、カリエスは巨大な棍棒で受け流した。サリクスも、連続攻撃はせずに一旦下がる。
「長柄戦斧《ハルバード》か」
サリクスの手にしている武器を一目見て、カリエスは言った。サリクスが、苦虫を噛み潰したような顔をする。
長柄戦斧と呼ばれる類の武器ではあるが、サリクスのものはかなり柄が長い。身長と同じ位か、それより長いかもしれない。その分、遠心力を加えた攻撃が出来るのだが、扱いにくさも倍増する。
その武器を、サリクスは軽々と扱っている。カリエスも、思わず口笛を吹いた。
「てめえだな、さっきの<爆呪>は。不意打ちしやがって」
「いきなり村を襲う奴になんざ言われたくないね」
軽口を叩き、長柄戦斧を構え直しながらも、サリクスは内心舌打ちしていた。彼は魔法を起動させることこそ出来るものの、辛うじて初級の魔法を使うくらいの力しかない。魔導士としては二流か三流の部類に入るだろう。
だから、彼は武器の使い方を学んだ。戦士として見た場合、遥かにこちらの方に分がある。
とは言うものの、さっきの<爆呪>は気づかれずに仕掛けた自信があった。殺すまではいかなくとも、戦闘不能くらいにはできただろうと思っていたのだ。それなのに、この男は平気な顔をして動いている。
「何で村を襲った」
「こっちも、食べずに生きていくことは不可能なんでね」
カリエスはさらりと受け流す。サリクスも、問答の無駄を悟った。
「ここでてめえをぶっ飛ばしてどうにかなるとも思えねえな……」
サリクスが呟く。まだ村にはカリエスの部下たちが沢山いる。全員を倒すわけにもいかないが、少しでもそちらを潰したほうが現実的かも知れない。取られた村のものを取り戻すのが第一なのだ。
「俺としてもな、部下たちの仕事を邪魔されたくはねえんだよ。だから……」
「ここで俺を足止め、かよ」
サリクスさえ押さえておけば、今までと状況は変わらない。楽な仕事だ。
「……そういうことだ! 諦めて俺と勝負しな!」
今度は、カリエスが先に踏み込んだ。巨大な棍棒がうなりを上げる。
長柄戦斧の柄でそれを弾き、力の方向をずらす。直撃したら頭蓋ごと砕かれるであろう一撃を、真正面から受けるだけの力はサリクスにはない。それに、まず長柄戦斧の柄が叩き折られる。
「なかなかやるが……それだけじゃどうしようもねえぞ!」
にやりと笑い、更に棍棒を振り下ろす。その武器の性質上、長柄戦斧と同じで連続しての攻撃は出来ない。一撃ごとの勝負になる。
何回か攻防が続くが、どちらも決定打を放てない。武器の性質が似すぎているのだ。
更に、その重量のため、そう長く振り回してはいられない。すぐに、サリクスもカリエスも息が上がってきた。ついでに言えば、サリクスは先ほどダレットともやりあっている。スタミナ不足だ。
そして。ここで時間を取られれば取られるほど、村への被害は大きくなってしまう。
(畜生が!)
心の中で毒づく。
その時。
かすかに風を切る音がした。
「…………!」
カリエスの腕が一瞬震える。こめられ、たわめられた力の一部が霧散する。
そこを見逃すサリクスではない。力任せに棍棒を払うと、長柄戦斧の刃を返してその峰……刃の反対側で脇腹を殴りつける。
「がっ……」
苦悶の表情を浮かべ、カリエスは大地に膝をついた。
サリクスも、肩で大きく息をする。そして、
「……余計なことしやがって。俺一人で余裕で勝てたのによ」
側の木の陰に向かい、にやりと笑って言った。
「邪魔だったか?」
木の陰から出てくると、手にした小さな金属塊……隠し持っていた飛礫《つぶて》である……を仕舞いながら、ダレットは苦笑した。
「あんた、何でここに……」
倒れ伏したカリエスをとりあえず縛り上げると、サリクスは訊いた。
「いや、襲われてるってんで、気になってな。どうにか手助け出来るかと」
「手助けって……俺らはエルフだぞ?」
それなのに、何だってわざわざ盗賊のいる村に飛び込んでくるのだろうか?
「キルファにも同じことを言われたよ」
ダレットは苦笑した。そんなに珍しいことなのだろうか? エルフを助けようとする人間は。
「……そういや、あの嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「……さあ」
「何なんだその、さあ、ってのは」
さすがにサリクスも呆れた顔をする。
「あいつが別に関係ないとか言ったんで腹が立って、走ってこっちに来たからな。まあ、多分、あの遺跡の近くにいると思うが」
「どっちかっつうと俺も嬢ちゃんに賛成だが。ま、今は手伝ってくれるんだろ? こいつらをどうにかするのを」
「まあな、乗りかかった船だ」
ダレットとサリクスはにやりと顔を見合わせて笑った。
「それじゃ、行くか」
サリクスは言うと、長柄戦斧を手に取った。
「……変わった武器だな。さっきは見なかったが」
「こっちが本当だ。好きじゃねえんだよな、弓とかって」
確かに、サリクスの体格には短剣や弓よりはこの長柄戦斧のほうが似合っている。ダレットも、腰に佩いた長剣を抜いた。
「掃討戦か。面倒くせえな」
「ま、追い出せば良いんだろう? 気楽にやるさ」
言うなり、二人は駆け出した。
首領がやられた盗賊団はもろかった。指示系統も何もない、ただの暴徒の集まりと化している。連携も何もあったものではないので、一つ一つ潰していくのはそう難しくない。
「おらおらっ!」
勢いよく長柄戦斧を振り回す。盗賊の男の手にする中剣はあっさりと弾き飛ばされ、そこに当身を加えて気絶させる。
盗賊団の数は十四人。うち一人は既に倒している。
二人で対抗するのには多すぎる数だったが、要は一人以上と同時に剣を合わせなければいいだけのことだ。
見る間にその数は減っていく。仲間がやられたと見るや、盗賊たちは駆けつけてくるので、それを順に倒していけばいい。中には少しは腕の立つエルフもいたが、ダレットとサリクスの敵ではない。
「なあ……」
盗賊のうちの一人を殴り倒しながら、ダレットは訊いた。
「こいつら、全員エルフだろ? 何で魔法を使わないんだ?」
「エルフったって、全員が全員魔法をほいほい使えるわけじゃねえさ。俺だってただちょっと使えるだけだ。結構難しいし面倒なんだよ、魔法ってのは」
「そんなもんなのか」
「そんなもんなんだよ。まあ、見たところ、この中には魔導士はいねえみてえだしな。普通にぶちのめせば大丈夫だろ」
「それを聞いて安心したよ」
ダレットが苦笑する。先ほどのように、いきなり魔法の不意打ちを食らってはたまらない。
「さて、あと少しか」
サリクスが更に長柄戦斧を振るった。
はあっ! はあっ!
息が上がる。苦しかったが、ここで立ち止まるわけには行かない。もし見つかったら、殺される……!
「畜生、何だって人間が来るんだ……! サリクスの野郎、人間と何だって仲良く……」
息切れしながらも、何故だか言葉は出てくる。しょうもない愚痴だが。
盗賊の手引きをして、自分が見張りをしているときに盗賊団を中に引き入れる。役目はそれだけだった。元々、ただ生まれたというだけで好きでもない場所だ。愛着などはなかった。手引きの報酬はかなり美味しかったし、それを元手に他の場所に移ってもいい。
一回目は、同じ村人、サリクスの反撃で駄目になった。サリクスの力量は男も知っていたが、これほどだったとは。だから、サリクスが外回りの警備をしている間に、盗賊を中に引き入れた。何故だかはよく分からないが、サリクスはしばらく戻ってこなかった。上手く行ったと思ったのだ。
サリクスが慌てて戻ってきても、あの首領が何とかしていてくれると思った。が、予想外の人物……人間の男が出てきたお陰で、全てが御破算になった。首領はやられてしまうし、あの様子だと、他の盗賊たちもやられるだろう。人間の男も、何者かは知らないが桁外れに強い。ただの優男にしか見えないのに。
盗賊がやられてしまえば、彼らの口から自分の名前が出るだろう。裏切り者として、村の連中が自分を許すはずがない。
だから……その前に、出来るだけ遠くに逃げなければ!
「…………?」
街道とも呼べない道の向こうに、人影が見える。やたらと小柄で、フードで顔を隠している。が、それをいぶかしがっている余裕は男にはなかった。
「どけっ!」
強引に押しのけ、走り去ろうとする。人影はそれをひょいとかわしたが、振り回した手がフードに引っ掛かった。
「……っと! 何すんのよ!」
女か、もしくは子供の声だ。子供は慌てて、外れたフードを被りなおしている。余程、顔を見られてはまずいことでもあると言うのか。
慌てて苛立っていたこともあり、男は立ち止まるなり怒鳴った。
「うるせえ! いきなり出てくるのが悪い……」
言葉は途中で沈黙に変わった。フードの下にあるものが一瞬、見えたからである。
「紫の目……! てめえ、ハーフか!」
「そうよ! それがどうかしたの?」
子供……キルファも負けじと怒鳴り返す。
相手が子供だと言うこともあり、男は自分が逃げなくてはならなくなった不条理をぶつけようとした。子供の手を取ってひねり上げようとする。旅装束であるところからして、少しくらいは金を持っているかもしれない。そうでなくとも、殴り飛ばして、踏みつけてやれば、少しは気分も晴れるかもしれない。
本当はそんなことをやっている余裕などないのだが。焦りと苛立ちで、客観的な判断が出来なくなっている。
男のそんな身勝手な考えは、ことごとく外れた。
キルファは男の手をあっさり逃れると、身軽に身体をひねって一歩離れる。懐に仕込んだ投げナイフを抜くと、無造作に投げつけた。
投げナイフは男の頬をかすめ、近くの木に突き刺さる。抜群のコントロールだった。
「あ……」
先ほどまでの恐怖が再び蘇り、男はがたがたと足を震わせた。
(ちょっと脅かしただけなのよ? 何でこんなに脅えてるのかしら、このおっさん)
いきなり投げナイフを取り出すほうにもかなり問題があるのだが。キルファは男の様子にいぶかしげな顔をする。
「止めて、殺さないで……」
ぶつぶつと男は呟く。その瞳に、キルファは映っていない。キルファは知る由もないが、同じ村のエルフたちだ。怒りに顔をこわばらせた。
(要するに、何かやらかしたってことかしらね? それか誰かに追われてるか)
そこまでは、キルファにも察することが出来た。
(ま、いいか。放っといてさっさと行こ)
エルフの村に走り出していってしまったダレットも心配だ。まったく何を考えているのか、あの得体の知れない騎士は。
「畜生、人間なんて出てこなければ……」
きびすを返して歩き出そうとしていたキルファは、男の呟きに足を止めた。
「人間……って、何があったの?」
振り返って問いただす。
がたがたと震え、うわごとを呟いていた男は、キルファの問いかけに我に返ったようだった。
「うるせえ! ハーフのガキなんぞには関係ねえ……」
だん!
硬い音が、男の声を遮る。
こわごわ、顔を動かさずに目だけで確認する。顔のすぐ側に、もう一本ナイフが突き刺さっていた。先程とは反対側だ。
そして。それを投げ放った少女は、完全に据わった目をして男を見ていた。
「何があったのかって訊いてんのよ。答えなさい」
冷たい目をしてキルファは言う。問いかけではない。命令だ。が、なおも男は喚きたてた。
「黙れ、出来損ないに喋ることなんぞねえ……」
もう一本、ナイフが突き刺さる。今度は、男の服の裾を後ろの木に縫い付けていた。
出来損ない。ハーフを指して使われる言葉である。キルファは今更それを責めることもなかったが、その目が刃のように輝く。
この少女は、何の躊躇いもなく自分にナイフを投げつけるかもしれない。ようやく男はそれを悟る。だが……遅すぎた。
「だったら、その出来損ないの前でがたがた震えてるあんたは一体何なの? 自分の立場ってものを考えるのね」
手の中でナイフを弄び、キルファは氷のごとき冷ややかさで言った。
