15.暴走の魔導士
「……これで全部か」
村の中心に盗賊たちをまとめて縛り上げると、ダレットは一息ついて言った。
「そうみたいだな」
周りでは、村のエルフたちが、奪われかけた品物を確認したり、火がかけられた家を消火したりしている。いつもの平穏は戻っていないものの、危機は脱したと言えた。
「しかし、何で入れたんだろうな……」
サリクスがぽつりと疑問を漏らした。
「どういうことだ?」
「いや、一回目に襲われたときも、警備はきっちしやってたはずなんだな。それなのに、二回も侵入されちまった。何か理由があるのかと思うんだが、何が何だか」
「うーん……内通者でもいたとか」
少しだけダレットは首を傾け、そして指を立てて言った。
「まさか。……いや、有り得るな」
「心当たりがあるのか?」
「一人、最近、やたらと態度がおかしかった奴がいてな。大して気にしていちゃいなかったんだが、もしかしたら……」
「そいつかもしれない、と」
「まあ、可能性の話だがな。あとで問いただしてみるくらいはした方がいいかもしれねえな」
サリクスは口の中で呟く。
「さてと、それじゃあ」
ダレットは立ちあがると、村の出口に向かって歩き出す。
「もう行くのか?」
「いい加減、キルファを探さないとな。機嫌を損ねたら後々困る」
「そういや……お前ら、どういう関係なんだ?」
「……さあ。何なんだろうな」
ダレットは苦笑した。自分でも分からないのに、それほど長い間というわけでもないにしろ、一緒に旅をしている。
相棒。それが一番ふさわしい気がした。
「まあ、いいさ。仲良くやれよ。何、あと五年もしたらいい女になるぞ、あの嬢ちゃんは」
「はいはい」
また苦笑いをする。顔立ちの整った少女だとは思うが、その身体の線は、まだ女らしさとは程遠い。……本人の前でこんなことを言ったら、間違いなく殴り倒されるだろうが。
その時。
「…………!」
轟音。
「うわっ……」
突如として吹きつけた爆風が頬を叩く。近くを、折れた木の枝が吹き飛んでいった。
しばらくして、ようやく爆風はおさまる。村の外れ、すぐ側の森の中から煙が立ち昇っている。
「何だったんだ……?」
「爆発の魔法……だな」
自分自身が魔法を使うこともあり、サリクスはすぐに断言した。火薬による爆発では、ここまでの威力は生み出せない。
「魔法って……村の誰かが使ったのか?」
「いや、この村にこんな強力な魔法を使える奴はいない。せいぜいが俺くらいなもん……」
「……ということは」
二人は顔を見合わせた。
「……まだいやがったのか!」
考えられることは一つしかない。盗賊が他にもいたのだ。
二人は慌てて駆け出した。
「はははっ! 全部燃えちまえ! いい気味だ!」
高笑いが響く。
村の外れ。村を取り囲む塀は爆発で吹き飛んでいる。大きく地面はえぐれ、中心はまだ煙がくすぶっている。
「あいつか? いや、あれは……」
「……正気じゃねえな、どう見ても」
走ってきたダレット、サリクスは立ち止まると困惑の表情を浮かべた。
目の前には一人の男がいる。どう考えても、その男が爆発を引き起こした魔導士だ。が、男は異常に痩せており、顔は頬骨が浮き出ている。くぼんだ眼窩に、異常に見開かれた目。その目の光は、明らかに通常とは異なっている。
年齢はいまいちはっきりしないが、まだ若いようだ。異常に小柄な体躯を、ぼろぼろの濃緑色のコートに包んでいる。
「てめえ、何のつもりだ?」
サリクスが問いかける。元より答えなど期待していなかったが、意外にも、男は返事を寄越した。
「全部ばらばらになっちまえばいいんだ。全部、な」
そしてまた高笑いをする。
これでは問答にならない。
「畜生、訳が分からねえ! とりあえず取り押さえるぞ! 話はそれからだ!」
「分かった!」
二人は男に向かって駆け出す。男は二人に気づいていないのか、まったく反応を示さない。虚ろな瞳には、何も映っていない。
いや。ぶつぶつと口の中で呪文を唱える。サリクスはそれに気づいたが、構わずに走った。魔法を起動させるより先に倒してしまえば済むことだ。魔法を起動させるには、極度の集中とそれなりの時間が要る。
が、それは普通の状態のエルフの場合だ。この男は、色々な意味で普通ではなかった。
ごう!
風がうなりを上げる。真空の刃が、幾重にも重なって放たれる。
不可視のそれは、たちまちのうちに二人を切り刻んだ。
「くあ……」
辛うじて倒れるのだけはこらえたが、たまらずに地面に膝をつく。細かい無数の刃は、二人の身体を両断こそしなかったものの、大小取り混ぜて無数の傷を作っていた。服が、たちまちのうちに紅く染まる。
このままでは、いずれ出血多量で倒れてしまう。激しい運動などもっての外だ。
「何なんだ、あいつは……!」
サリクスが毒づくが、男は答えるはずもない。ふらふらとした足取りで、村に入っていく。村の内部で、もう一度この魔法を起動されたら、とんでもないことになる。
攻撃魔法<風刃>。真空の刃を作り出す魔法だ。これもよく知られている魔法……ただしサリクスは使えない……だが、これほどの威力はないはずだ。あの男は、基本となる呪文に威力増加の呪文を加えて、殺傷力を上げているのだろう。
魔法。世界法則を書き換えるこの技術は、その威力の一方でとんでもない危険をはらんでいる。魔法を行使すれば、多かれ少なかれ、反動がくる。どんなに優秀な魔導士でも、魔法を使いすぎれば、そのうち精神疲労を起こして倒れてしまう。
そのはずだ。あの男は、何者なのだ……?
「畜生が……」
サリクスの呻き声は、あっさりと風に吹き散らされた。
「爆発……?」
轟音は、キルファの耳にも届いていた。
「魔法かしら……ね」
火薬による爆発とは音が違う。それに、この向こうにあるのはエルフの村だ。魔法を使ったほうが遥かに早い。
しかし、並のエルフが使える魔法の規模でもないような気がする。音から推測することしか出来ないが、かなり大規模な爆発だ。
先ほど出会ったエルフの男が、盗賊を手引きしたと言う話は聞き出した。ついでに、今盗賊が攻めてきていることも、そこに人間の男……おそらくはダレットがいることも。
それはつまり。その爆発の側にダレットがいる可能性があるということだ。
「…………!」
見る見るうちに顔が青ざめる。魔法に対抗する術も、知識もあの男は持っていない。防ぎようがない。
「あの馬鹿!」
叫んで、キルファは駆け出した。
「くそっ……」
剣帯から剣を鞘ごと外し、それを杖のようにして、ようやくダレットは立ちあがった。横のサリクスも似たようなものだ。
鎧の類は身に付けていなかったものの、傷はそう深くはない。手当てさえ出来れば、数日で治るだろう。が、数が多すぎる。少し動いただけで、全身に針を突き立てられたかのような痛みが走る。これでは剣を振るうことなど出来ない。意識の集中がそもそも無理だ。
「あの野郎、何をする気だ……?」
サリクスがよろよろと歩きながら、村の中に歩いていく。ダレットも慌ててそれを追おうとする。が、意識だけが先走り、身体は一向に言うことを聞いてくれない。
「あのエルフ……目がおかしかったが。何か理由があるのか?」
「知らねえよ。俺に訊くな」
こっちが訊きたいくらいだ。サリクスは吐き捨てるように言うと、切れた口元を拭った。
『氷よ……我が意に従いて・氷陣と成せ!』
男を中心に、氷の吹雪が発生する。極寒の風は辺りのものを容赦なく凍てつかせ、高速で飛び交う氷の粒は、確実に範囲内のものを撃ち抜く。
「はは……はははああっ!」
村のエルフたちが倒れ、苦しんでいるのを見て、男を満足そうに高笑いを上げた。常軌を逸した目に、狂喜の光が見える。
自分が何をやっているのか。考えることが出来ない。考えられない。魔法を使うこと。強力な魔法を。出来るのはそれだけ。自分にあるのはそれだけ。それで周りがどうなろうが、知ったことではない。自分が使った魔法の効果が見えれば、それでいい。
「はは……ひゃははっ……」
そして、今、自分の魔法を食らった連中は、あんなにも苦しんでいる。これほど楽しいことがあるだろうか。
さて。どうせだから、もっと魔法を使ってやろう。もっともっと強力なやつを。
『矢となりて・我が敵を貫け!』
攻撃魔法<炎矢>起動。
無数の炎が、風を切って疾った。
「これね」
地面にあいた大穴の前で、キルファは呟いた。間違いない。先程の爆発音はこれだ。
魔法であることは間違いないだろう。狙いを絞らずに力を解放する爆発系の呪文は、精度が低い代わり、簡単に起動することが出来る。しかし、それにしてもこの穴は大きかった。余程強力な魔導士が魔法を使ったのだろう。
顔をしかめて地面を見やる。と、視線が一点で止まった。
地面に染み込みかけた紅い染み。
「…………!」
その正体は、考えなくとも分かる。血だ。見渡せば、あちこちに血が飛び散っている。全体としては大した量ではなさそうだが……
「……<風刃>でも起動したかしらね……?」
正解である。
キルファは少しの間、首を傾げていたが、やがて慌てて走り出した。
「……あの馬鹿!」
村の中に駆け込みながら、独りごちる。
「ダレット! ……まったく、エルフ連中かばって自分が大怪我してたら、指さして笑ってやるわよ」
この血が、ダレットのものである可能性もあるのだ。自分自身に舌打ちしながら、キルファは焦燥に眉を寄せた。
「野郎、好き勝手やりやがって……」
サリクスが走る。
「畜生っ! 覚悟しやがれ!」
大声で怒鳴られ、自分に刃を向けられて始めて、男はサリクスとダレットの存在に気づいたようだった。その目が二人を捉え……
笑う。
「てめえ、何考えて……」
サリクスが長柄戦斧《ハルバード》を振るう。痛みは無理矢理に無視しているようだが、その動きは確実に鈍っている。動くたびに、身体から血が流れる。
『風よ・鉄槌と化せ』
魔法が起動する。サリクスの身体を、大気の巨大な鎚が叩いた。
巨体がなす術もなく吹き飛ばされ、地面を転がる。ダレットが慌てて駆け寄ろうとするが、彼も身体が思うように動かない。
サリクスは死んではいないようだが……このまま、放置しておいたらまずい。
男は、それきり二人には興味を失ったらしく、ふらふらとした足取りで立ち去ろうとする。
「待て……」
ダレットは、その背中に向けて言うと、長剣を構えた。そして、そのまま突っ込む。
「…………?」
振り下ろした剣は、物の見事に空振りした。一瞬にして、男の姿が消えうせてしまったかのようだ。
しかし、男はダレットの横に回りこんでいる。魔法に気を取られて、それを制圧することのみに集中してしまっていた。まさか、こんなに機敏だとは思わなかったのだ。
無論、普段のダレットなら確実に捉えることが出来ただろう。本人は気づいていないが、全身の傷はあまりにも重い足枷となっている。
体勢を立て直そうとするダレットを、再び魔法が襲った。<風刃>が、ダレットを今度こそ切り刻もうとする。
(駄目か……)
見えぬはずの真空の刃が、はっきり見えた気がした。ゆっくりと、無数の刃はダレットめがけて振り下ろされる。
ダレットは思わず目を閉じる。
次の瞬間、蒼い光が辺りを包み込んだ。
「いた!」
疾走するキルファは、一瞬、安堵の表情を浮かべる。が、それもすぐに消える。
「怪我してるわね……案の定よ、あの男は!」
ダレットは全身に傷を負っている。それなのに、剣を構えている。
この村の、エルフを護ろうと。
(情けないわね……)
ダレットの行動が、ではない。自分がだ。関係ない、と言って関わろうとしなかった自分が。
ダレットが、男に斬り付ける。が、それはあっさりとかわされ、反対に男の魔法がダレットを襲おうとする。
キルファには、男が誰だかは分からない。が、その目が常軌を逸していることだけは理解できた。あの男は、嬉々としてダレットを殺そうとしている。
(駄目……絶対に、駄目!)
心の中で叫ぶ。どうすれば。どうすれば良い?
(あの指輪!)
遺跡で見つけた指輪と、書かれていた内容を思い出す。荒唐無稽としか言いようのない内容だったし、到底信じる気にはなれなかったが……今は、それを信じるしかない。
左手を前に突き出して、指輪に意志を注ぎ込む。そうして、鍵となる言葉を叫んだ。
『開門っ!』
(封じられし力……)
指輪から流れ込んで来るかのように、キルファの脳裏に言葉の羅列が浮かぶ。
(我が命に従いて・開放されよ・その力もて・世界の歪みを是正せよ・全ての存在よ・真白き世界へ還れ!)
瞬間。
指輪から発せられた蒼い光が、キルファを包み込んだ。
