36.二つの告白
「……いつから気付いてた?」
木に背中を預けて座りこみ、サリクスは悠然たる態度で言った。
「ほとんど最初からよ」
油断なくナイフを突きつけながら、キルファが無表情に言う。しかし、その目は刃のようにサリクスを見据えている。
「あたしも、エルフってのがどんな連中なのか、少しは知ってるのよ。やたらとプライドが高くて、人間を毛嫌いしている……昔、負けたのは事実だと思うんだけど。それに加えて、異様に集団心理が強い。狭い世界で生活してるから仕方ないけど。
だから、村を出るなんて事は滅多にないはずよ。あるとすれば、何かをやらかして追い出された時くらい。……例外はあるにしても、旅に出るなんて簡単に許されるはずがない。しかも……あんたは、村での様子を見る限り、ずば抜けた使い手だったんでしょ? そんな奴があっさり村から出られるなんて、思えなかったのよ。
ダレットの例もあることだし、家出なんて可能性もないわけじゃなかったけど……それほどの考えなしにも見えなかったし、ね」
「それはどうも」
サリクスはおどけた口調で言った。
「まあ、それで。はっきり言って、最初に警戒してた理由はあたしの偏見だったと思うけど……ちょっと警戒してたら、こそこそと<幻話>なんて使ってるんだもの。あたしたちと一緒になってから、何回も通信してたでしょ?
まあ、ダレットは気付いてなかったし、馬鹿正直に信用してたみたいだから、どうしようかと思ってたんだけどね……特にあんたは何かする様子もなかったし。どっかとこそこそ通信する以外に」
言って、キルファは一瞬皮肉めいた笑みを浮かべて見せた。
「まあ、今ここにはダレットはいないし。今のうちに訊いておこうかと思って」
「それで、寝たふりをして見張ってたわけか……
大したもんだな、ダレットのことでさんざん落ち込んでるかと思ってたら、きっちりそれも見越してやがる」
ダレットの名が出て、キルファは一瞬眉を寄せた。
「あの馬鹿は、ほんと、一生治らないのかしらね……。剣の前には飛びこむわ、怪しい男は馬鹿正直に信用するわ」
二人は揃ってため息をついた。
「怪我はそのうち治るだろうけどなあ……あれは無理だな、多分」
サリクスが苦笑して言った。
「まあ、ダレットの話はこれくらいにしておいて。
あたしの想像だけど……あんたは多分、監視者ってとこでしょ? ただ単にくっついて様子を見張ってるだけ。そうでもなければ、今まで一緒にのこのこ行動していた理由がないし」
「御明察」
サリクスが笑う。
「それじゃあ……あたしたちを見張ってるように命令したのは、誰?」
「一つ訂正。俺が見張ってるように命令を受けているのは、嬢ちゃんだけだ。ダレットに関しては、特に何も言われてはいないからな。
俺にこんなことを命令したのは……村の爺さんたちだよ」
「長老格の連中ね」
エルフの村は、非常に閉鎖的な世界である。他のエルフの村との交流は帝国によってかなり制限されているし、人間と馴れ合うわけもない。当然、村の中で指導者的な立場にいる者が存在し、絶対的な力を持つようになる。
「あたしたちが村の盗賊騒ぎに関わった後に、言われたの?」
「嬢ちゃんたちが来てから何日か経ってからだったかな。あれこれ顔付き合わせて話してたみたいだったが、いきなり『あの娘を見張れ』ときた。それで追いかけて……まあ、こうなったわけだな」
何故自分がエルフに目を付けられるようになったのか、その理由は訊かなくても分かった。
暴走した魔導士を止めるために、キルファは村の真っ只中で<白紙>の魔法を発動させている。村のエルフたちも、それを目の前で見ていたはずだ。
自分たちが必殺と頼む力をあっさりと無効化する魔法。それは脅威以外の何者でもないだろう。しかも、今は失われているとされる遺失魔法なのだ。目をつけるのも当然である。
「ああ……だから関わりたくなかったのよ、エルフ連中になんて」
今更ながらキルファはぼやいた。当時もキルファは関わらないことを主張したのだが、ダレットが突っ走ったせいで、結局キルファも首を突っ込むことになった。
「……悪かったな。エルフ連中なんか、で」
サリクスが自嘲気味に笑った。その顔に、キルファが一瞬のけぞる。
「で、それで急いであたしたちを追いかけてきたわけね。途中であたしたちは結構足止めを食ってたし、追いつくのは簡単だった……」
「そういうことだな」
サリクスはあっさりと頷いた。
「それで。<幻話>で通信してたのは?」
「村の魔導士だよ。言っておくが、俺が報告してたのは現在位置だけだ。それ以外のことは言っていない……まあ、言うこともねえけどな」
「あたしを追跡して、どうするつもりなのかしらね?」
「さあな……だが、爺さんたちの独断ってわけでもなさそうだった。他のエルフの村と<幻話>やら何やらで、あれこれ話してたみたいだった」
「……他の村?」
キルファが眉をひそめる。<幻話>の魔法に距離制限はなく、理論上は大陸の何処とでも通信が可能だ。無論、通信の相手となる魔導士の存在が前提となるが。
帝国の目を盗んで、魔法でエルフ同士が通信することがあるのは、キルファも知っている。だが、どうにも組織的な動きのように聞こえた。
「……それと。あと二つだけ訊いていい?」
手にしたナイフを握り直しながらキルファは言った。
「ここで、あたしにべらべらとそんなことを喋って良いわけ? それとも、嘘だからあっさりと喋ってるの?」
金属の柄に巻いた、薄皮の感触が手に馴染む。使い込んだものだけにある手触りだ。
「……別に良いんじゃねえか? 嬢ちゃんに喋るなとは一言も言われてないからな」
サリクスはあっさりと言ってのける。張り詰めていた緊張感が一気に失せ、思わず身体が横に傾く。
「あ……あのねえ……」
傾いた身体と気力を何とか立て直し、キルファはうめくように言った。
「こういう奴だと分かってはいたつもりだけどさ……」
口の中でぶつぶつと呟く。横でサリクスが何か言いたげな顔をするが、キルファは無視する。
「それと。質問はあと一つだけ……
もしここで、あたしがこれを捨てたとしたら……あんたはここから立ち去る?」
キルファはゆっくりと、左手を上げる。指に嵌めた蒼い石の指輪を、演技でもするように引き抜いて見せた。
<白紙>の魔法の指輪。これを失えば、キルファは遺失魔法を使うことは出来ない。サリクスもそれは承知しているはずだ。
「嬢ちゃんたちに再会した時に、俺が言ったこと……嬢ちゃんは嘘だと思ってるみたいだが、半分は本当だよ。
爺さんたちが、俺を指名したわけじゃなかったからな。誰か一人行け、って言うんで、俺が手を挙げたんだからな」
つまり、サリクス自身にも、村を出たいという思いがあったのだ。そして、キルファとダレットに対する好感も。
「要するに。出て行く気はないってわけね」
キルファが息を吐きながら言った。握っていたナイフの柄からゆっくりと手を離し、腰の後ろに差した鞘に納めた。
「そういうことだな……実際、ダレットと嬢ちゃんは見てて飽きないからな」
サリクスが不意に何かを思い出しでもしたのか、かすかに吹き出した。
「……何よ。何か不気味、それ」
「いやまあ、前に嬢ちゃんの姿が見えなくなったときのダレットなんか、無茶苦茶笑えたぞ。袋の中とか茂みの中ばっかり捜してたからな。よっぽど気が動転してたんだろうな」
「あたしは檻から逃げ出した珍獣か……?」
思わずこめかみを押さえ、キルファはうめいた。
「……とまあ、俺についての話はこれくらいでいいか?」
不意に、サリクスが真面目な表情になって言う。
「まあ、今のところはね」
キルファが、やや憮然とした顔で応じた。今の話が本当だと言う保証もなかったが……それを追及する切り札も手元にはないのだ。
不審なところがあったら、それからでも遅くはあるまい。
(無理にでもそう思っておくしかないわね)
そこまで考えて、ようやくキルファは納得したような顔をした。
「……とまあ、俺もべらべらと喋ったことだし。ついでに、今度はこっちから訊いてもいいか?」
サリクスが尋ねる。
「質問によるわよ」
キルファが淡々と応じる。何が言いたいのかは知らないが、あまり真面目に答えるつもりはなかった。
「嬢ちゃん、自分が魔法を使えることは最初から知ってたんだろ? ……それなのにどうして、あそこまで追い詰められなけりゃ使わなかったんだ?」
魔物を、一撃で倒した魔法。確かに、最初から使っていれば話は簡単だった。それは分かっている。しかし……
「…………」
キルファは黙りこくり……両の拳を握り締めた。
「出来れば、一生使いたくなかったわよ……こんなもの」
キルファはうめき、大きく息を吐いた。
「あの時も……傷を負ったのが自分自身だったら使わなかったと思うわ。だけど……大怪我をしたのはあの馬鹿だった。
自分のせいで死なせたとなったら、さすがに寝覚めが悪いからね……」
ぽつり、ぽつりと言う。
「……使いたがらないわけは?」
サリクスが静かに訊いた。
「……どうしても言わなきゃ駄目?」
「どうしても、とは言わねえけど……言いたかないが、ダレットが大怪我をした理由の一つは、嬢ちゃんが魔法を出し惜しみしてたせいだと思うぞ。
それに罪悪感を感じてるなら、……言った方が少しは落ち着かねえか?」
諭すようにサリクスは言う。
正直な話、キルファが昔、どんな思いをしていたのかには興味がなかった。むしろ、エルフたる自分にとっても耳が痛いだけである。相当、辛い思いをしてきたのであろうから。……ダレットに出会うまでは。
だから……今、敢えて尋ねたのは、キルファのためという意味合いの方が強かった。簡単に話すとは思えなかったが、少しは彼女の心が軽くなるような、そんな気がした。
キルファは黙って考え込んでいる。
ややあって……観念したように、大きく息を吐くとサリクスに背中を向けた。
紅い炎。血。そして……エルフ族。
それと種族を同じくするものが、今、目の前にいる。
それなのに。どうして話す気になったのか。それは、自分自身にも分からなかった。
「……ハンザって村の名前、聞いたことがない?」
唐突にキルファが訊いた。サリクスは、慌てて記憶を辿る。
「確か、王都……ラインガルドに近いところだったよな? エルフにとっちゃ辺境ってんで、名前くらいしか知らねえが……」
そこで、サリクスは何かを思い出したように手を叩いた。
「そうか、何で聞いたことがあるかと思ったら、二年くらい前に変な事件があったんだ。大火事とか何とか……」
そこまで勢い込んで言い、サリクスははっとした顔でキルファの顔を窺った。後ろを向いているから、無論表情は分からないが、キルファは自分の膝を抱いて顔をうずめている。泣いているように見えた。
「あたしはね、二年前までそこにいたの。母親がエルフだったから」
淡々とキルファが語る。二年前から自分を苛んできた罪の意識。もう、流す涙など枯れ果ててしまったような気がする。
「父親は?」
キルファの母親がエルフとなれば、父親は人間であるはずなのだが……
「死んだってさ。あたしが生まれる前に」
それだけ言い、思い出したようにキルファは付け足した。
「村の連中に袋叩きにされて、ね」
確かに、今大陸を支配しているのは人間だが、エルフの村においては、通りかかった人間に暴行を働くことなど日常茶飯事だ。数の多い方が正義、と言うより、単に憂さ晴らしをしているだけなのだろが。
「…………」
エルフの中で生きてきた者として、その様子がはっきりと思い浮かぶだけに、サリクスは眉根を寄せて、情けないとでも言いたげな顔をした。だが……そんな種族に自分も属していることは事実なのだ。
「まあ、顔も知らない父親だから、実感がないけどね。生まれたときには、もう母さんしかいなかったし」
サリクスの考えを見透かすかのように、キルファが言った。
「一つだけ……言っちゃ悪いが、よく嬢ちゃんの母親も無事だったな。ついでに、嬢ちゃんも」
人間の子供を身篭った女など、エルフにしてみれば裏切り者でしかない。まして、閉鎖された一つの世界であるエルフの村でのことだ。良くて村から追い出されるか、悪ければ人間の男諸共殺される可能性すらある。実際、彼女の父親は殺されているのだ。
「殺せなかったのよ。あの連中は、母さんを。……母さんは村で一人の医者だったし、ついでに優秀な魔導士だったから」
辺境の小さな村では、医者……ほとんどの場合、薬師も兼ねるが……は得難い人材だ。それに防御力となる魔導士を兼ねていたとなれば、キルファの母親は村にとっては貴重な存在であったろう。裏切り者として殺すのは簡単だが、失うものはあまりにも大きい。
「それで、辛うじて殺されるのだけは免れた、ってなわけか」
「そういうこと。まあ、母さんはともかく、あたしは生まれてすぐに殺せって意見が多かったらしいけどね。母さんが必死に粘ったお陰で、何とか今まで生きてるけど」
キルファは他人事のように淡々と言う。その凄惨さすら感じられる無表情に、サリクスは思わず背筋が寒くなるのを感じた。
「で、まあ。村の連中からはさんざん言われたけど、何とか生活してたのよ。母さんの仕事を手伝ったりして」
サリクスはふと思いついたことがあって、手を挙げる仕草をして尋ねた。
「もしかして……嬢ちゃんがやたらと薬について詳しかったりするのは……母親に教えられたのか?」
「そりゃーもう。徹底的に叩きこまれたわ。母さんにしてみれば……何か役立つ技術を身につけておけば、命が助かることもあると思ったんでしょうね」
母親に仕込まれたのは読み書きから始まり、医療技術、薬草に関する知識、そして魔法理論と言ったところだ。辺境の者としては、母親はかなりの教養を持っていた。
周りのエルフたちからは避けられていたが、それなりに平和な日々だった。――二年前までは。
「でも……二年前に、母親も死んでね」
元々、病弱と言うわけでもなかったのだが。キルファが生まれてからというもの、心も身体も休まる日がなかったのだろう。
「二年前か……」
サリクスも、思わず顔が強張るのを感じていた。
