暁の大地

64.絶望の淵

(こいつが……キルファ? キルファがこの<鋼鉄の女神>を操っているってのか? つまり……)
 ダレットは間近に迫った<鋼鉄の女神>を見上げた。
(あいつが、さっきの魔法を使ったってのか? ……冗談じゃない!)
 ダレットは決意にも似た眼差しで<女神>を見上げる。が、不安は消えはしない。
 もしかしたら。もしかしたら……
「現実問題、これをどうにかする方法などあるのか?」
 横から、カシュラルが冷静な口調で訊いてきた。しかし、そんなものはダレットが訊きたいくらいだ。カシュラルも、返答を期待していたわけではないだろうが。
「このまま動かないという保証があるなら、正直、放っておいても構わんのだが……」
 カシュラルは思案しながら言葉を続けた。
「また、あんな被害を出されたらたまらない。かといって、たとえエルフまで総動員したところでどうにか出来るとも思えない……」
 現場の指揮官として、カシュラルは安全を確保しなければならない。もう、鎮圧戦どころの話ではないだろう。人間、エルフともに壊滅的な被害を受けている。
「まあ、どうにか出来る方法があるとしたら、だ」
 カシュラルは眉根を寄せながら上を……<女神>を見上げた。
「これを動かしているもの、そのものを止めるしかないのだろうが」
 それは正論ではあった。だが……具体的な話ではない。言っているカシュラルもそれが分かっているから、ただ頭を抱えているのだが。
 ダレットはまだ唇を噛んでいる。確信が持てないのだ。あの惨劇を引き起こしたのがキルファではない、と。
(……畜生!)
 そんな自分を、ダレットは必死で叱咤する。
 あの少女は、自分を信じると言ってくれた。それなのに、自分はあの少女を信じられないのか?
『大丈夫だ。あの子はまだ……この世界に絶望した眼をしていない』
 師はそう言ってくれた。だが……それは今でも通用しているだろうか?
 様々な疑問が頭を駆けまわる。カシュラルも、そこまではダレットの苦悩を推し量ることが出来ない。一つだけ分かったとすれば、ダレットがあのハーフの少女をとてつもなく大事に想っていたということだけだろう。
 結局のところ。
 <鋼鉄の女神>の側まで来ては見たものの……この二人に、出来ることなどなかったのである。

「何で、ダレットがここにいるのよ……?」
 呆然と……無意識のうちに、キルファは呟いた。
 確かに、あのウィレムとブランシュに無理矢理連れ去られた後のことは知らない。だが……まさか戦場にいるとは予想もしていなかった。よりにもよってあの男……どうしようもないほどのお人良しが、何故戦場になどいるのか。
 戦争などとは対極に存在するようなこの男が、何故?
 カシュラルとの事情を知らないキルファにしてみれば、当然の疑問だった。確かに、ダレットは強い。だが、その力を他人を傷つけるために使うようなことだけはないと、そう信じて疑っていなかった。
 しかし。
 ダレットがここにいるということは……!
(知られてしまった……!)
 自分が、あの<風刃>の魔法を起動したことを。あれだけの……大勢の人間とエルフを殺戮の渦に巻き込んだことを。
 この男にだけは知られたくなかった。この……自分に、唯一手を差し伸べてくれた男には。
 ダレットにだけは、二年前の自分が引き起こした事件を知られまいと思っていた。だが、今となってはそんな望みは何の意味もない。目の前に、同じような……いや、それ以上のことを現実として付きつけてしまったのだから。
 こんな。
 こんな自分に……ダレットはまだ、手を差し伸べてくれるだろうか? 側にいてくれるだろうか?
「…………」
 答えは――否。
 大勢の人間を殺した自分を、ダレットは決して許しはしまい。それに、サリクスも。人間。エルフ。どちらも、自分を憎みこそすれ、どうして手など差し伸べてくれようか。
(…………)
 自分の考えに……ふと、キルファは愕然とした。
 この期に及んでもまだ、他人の救いを期待している自分に気付いてしまった。あれだけ他人を傷つけておきながら、自分は救われようとする身勝手さに。
 ダレットの……差し伸べられる手を期待している自分に。
 答えは否だと分かっていても、諦めきれない自分に。
 何と、身勝手なことか。あれだけの人々を傷つけ、それでいて、自分は救われようとする。罪を犯した者には相応の報いがある。それは、当たり前のことなのに。
 そんな。他人を傷つけることしか出来ず、尚且つ身勝手さしか持たない自分に……
(いる意味なんてあるの……?)
 ――お前なんか生きている価値はない。お前なんか、いない方が良いんだ。おぞましい、人間なんかとの混血なんか……
 小さいときから、繰り返し聞かされてきた罵倒の言葉。
(そうね……その通りだわ)
 もし、自分がハーフでさえなければ、こんな強大な力など持たなかった。この<鋼鉄の女神>を駆り、必滅の魔法を起動することもなかった。
 大勢の……何の罪もない人々を、殺すこともなかった。
(もう、あたしに生きている意味なんかない。あたしには、人を傷つけることしか出来ないもの。誰のためにも、生きられないもの)
 役立たず。無価値な存在。
 ずっと前から知っていたはずなのに。今日まで未練たらしく生きてきてしまった。死のうにも、それはまったく逆の結果をもたらした。
 だったら。
(……何もしないでいるしかない)
 ただ、黙っていよう。動こうとも言葉を発しようともせずに、じっとしていれば、そのうちに朽ち果て、ただの土塊となって大地に還る。その他に何が出来ようか。
 目を閉じると、視界は暗闇に染まる。耳を塞げば、ただ無音の世界が広がる。
 ここだけが――自分の最後の居場所のような気がした。

「何があった……? 動かない……」
 ダレットは呟いた。油断なく前を見据えるが、そびえ立つ<女神>は動きを止めたままで何もする様子がない。
「油断はするな。何せ、こいつについてはまったく分かっていない」
 横でカシュラルが言う。だが、彼女も困惑しているようだった。先程はあらん限りの暴虐を振るった兵器なのに、今はただの巨大な彫像と化している。
 ダレットは自分の長剣に視線を落とす。巨大な女神に対して、こちらは剣がたった一振り。大木に小枝で立ち向かっているようなものだ。
 <鋼鉄の女神>が再び光を纏う。ダレットは知るべくもないが、キルファに再び<鋼鉄の女神>が同調したのだ。光の結界は先程の暴虐とは違い、柔らかく……哀しい。
 ただ純粋に、己と他者を隔てようとする絶対の壁。
 ダレットは、起動しかけている魔法の意味を正確に理解していない。ただ反射的に呟いた。
(……まずい!)
 また魔法を起動される。<鋼鉄の女神>の力は、先程見たばかりだ。これだけ近くにいて逃れられるわけがない。その前に止めなくてはまずい!
「…………っ!」
 ぐっと己の剣を握り締める。だが、これで<女神>に対抗出来ようはずもない。
 だが。
「これなら……」
 ダレットは呟く。
 彼が本来持っている、本能的な勘。剣術の習得によって高められたそれが、告げていた。
 この<女神>の盲点。
 人間やエルフに対し、<鋼鉄の女神>はあまりにも大きい。それに対し、身に纏っている鎧は人間が着るものと同じ様式だ。動きやすさを確保するため、幾つもの金属を連ねたような形をしているが、それにはどうしても小さな隙間が生じてしまう。
 <女神>と人間が同じ大きさだったならば、何の問題もない。だが、その差が問題だった。
 鎧に生じた隙間は、長剣を突き込むのに問題がないほどの大きさがあったのである。見上げるほどに近づけば、隙間がすぐ上に来る。
 昔習った構えの通りに、ダレットは長剣を引く。肩に担ぐような構えで、左の手のひらを押し込むように柄頭に当てる。
 形としては刺突の構えに似ている。が、もっと遠距離の敵を想定したものだ。
 射剣術と呼ばれる、傭兵などが使う特殊な技の構え方だ。手に持って使うべき剣を投げつける、一度きりの捨て身技。投げナイフなどと違って重量のある剣を投げつけるため、瞬間的にとてつもない膂力が要求される。邪道技を嫌う騎士はともかく、傭兵にも使う者はそうはいない。
 元々はダレットの師、ヴァルレッドが得意としたものだ。無論、ダレットも徹底的に叩き込まれている。今までは、そう使う機会もなかった技だが……
「――止めろ!」
 横のカシュラルが咄嗟に叫んだ。
 カシュラル自身は射剣術は使えない。だが、構えを見ればダレットが何をやろうとしているのかは見当がついた。
 根拠などない。だが確信だった。
 ダレットに剣を放たせては、取り返しのつかないことになる!
「止めろ!」
 もう一度叫ぶ。だが、ダレットの耳には入っていない。
 刺突と同じように、大きく足を踏み込みながらダレットが長剣を繰り出す。
 剣がダレットの手から離れ、銀光の煌めきを残しながら<女神>の胸に向けて疾った。

 冷たい。
 まずそう思った。
 左胸に食い込む、金属の感触。痛みはないが……ひんやりとした感触だけが、やけにはっきりと感じられる。
(何だろう……?)
 急速に薄れていく意識の中で、キルファはぼんやりとその理由を探った。目の前の映像をその瞳に映す。
 そこには、一人の男の姿があった。敵と相対するときの視線でこちらを睨んでいる。
(……そうか)
 それだけで十分だった。納得し、キルファはふわりと笑う。
 これが自分に似合いの末路かもしれない。少なくとも、いきなり悟ったように自ら死を選ぶよりはよっぽど。
 いや……過ぎた結末かもしれない。自分をこの世界から抹殺するのが、かつて手を差し伸べてくれた人物であったのだから。少しでも、温かい気持ちにさせてくれた。それだけで十分。
 あの男を恨むわけではないが、最期に一言くらい、何か聞きたかったようにも思う。まあ、それももうどうでもいいことだ。
(…………)
 思考はそこで途切れる。
 静かな笑みを浮かべたまま、キルファは自らの意識を闇に沈めた。

 <鋼鉄の女神>が、突如として強烈な光を発した。
「――――!」
 さしものダレットとカシュラルも、一瞬顔を強張らせた。<鋼鉄の女神>の力を先程思い知らされたばかりである。
 だが、今回は魔法陣は発生しない。その代わりに、ぐにゃりと周囲の風景が歪んだ。
 風景画に亀裂を入れたかのように、女神の向こうが歪んで見える。亀裂の向こうに、闇よりも深い何かが見え隠れしている。
「まずい!」
 咄嗟に悟ったのはカシュラルだった。あの亀裂の向こうに飲み込まれては、間違いなく命を失うことになる。このままでは巻き込まれる!
 慌てて二人は後ろに下がる。呆然として、この光景を見つめていた。
 見る間に亀裂は大きくなる。獣が獲物を食むように、漆黒が<鋼鉄の女神>を飲み込む。
「あ……」
 ダレットが呟く。
 亀裂は完全に<女神>を飲み込むと、先程とは逆に徐々に小さくなっていく。ほどなくして、亀裂は完全に消滅した。
 カシュラルが感嘆とも驚愕ともつかないため息をもらす。
 目の前には、ただ平原が広がっている。そこにはもう……あの巨大な<女神>が存在したという証拠は欠片も残っていなかった。
 しかし……
「何があった……んだ?」
 ダレットがぽつりと言う。
 <鋼鉄の女神>に長剣を投げたのは自分だ。剣は正確に鎧の隙間を縫って<女神>の心臓部分に命中した。
 だが、命中させてどうなるかなどは考えなかった。まさかこんな、いきなり<女神>が消滅するとは思っていなかったのである。
 二人ともぽかんとして、先程まで<女神>がいた場所を眺めていた。
 突如として、視界が白く染まった。
「…………!」
 頭上に強烈な光が現れる。顔をしかめ、二人は上を見上げた。
 上空に、何かが浮いている。それが光を発しているのだ。
 動けない二人の前で、それはゆっくりと下に落ちてくる。見えない腕が、それをそっと地面に置こうとしているかのようだった。
 ダレットが目を見開いた。
 落ちてくるそれは、人の姿をしていた。白いマントを纏った小柄な身体、適当に短く切った銀髪。もっとも彼女を象徴する紫の目は、今は固く閉じられている。
「キルファ!」
 叫んでダレットは駆け出す。
 キルファの身体が地面に落ちる。役目を終えたと言わんばかりに、光はすうっと消滅していく。
 だが。
「――戻れ!」
 カシュラルがはっとした顔をした。あらん限りの大声で叫ぶ。
 だが、制止は間に合わない。ダレットがキルファに近づいた瞬間、彼女にまとわりついていた光が形を変え、彼女を護る盾のようになった。
 光の盾は爆発的な速さで広がる。ぱあんっ、という火薬が破裂するような音と共に、ダレットはまともに盾に弾き飛ばされた。
「…………っ!」
 声にならない苦鳴が漏れる。巨大な鉄槌で叩かれたかのように、ダレットの身体は宙を飛んで地面に叩きつけられた。幸いと骨は折れていないようだが、呼吸すらままならない。
 それでも、何とか身体を起こす。何回か咳き込むと、よろよろと立ち上がった。
 カシュラルが慌てて駆け寄ってくる。ダレットの様子を見て顔をしかめると、倒れたままのキルファに視線を移した。彼女は固く目を閉じたままで、何かしたようには見えない。
 もう、何があった、と呟く気にすらなれなかった。戦闘開始からこっち、訳の分からないことが立て続けに起きていて、そろそろ感覚が麻痺してきている。
 倒れるキルファの向こうに、人影が見えた。
「誰だ……?」
 カシュラルがぽつりと呟いた。
 見覚えのない男だ。枯れ葉色の髪を適当に束ね、こんな戦場には似合わない、ゆったりとした服を着ている。中肉中背の、特徴らしい特徴もない男だ。ただ、穏和な雰囲気のみが見て取れる。
 だが、カシュラルは顔を強張らせた。男の長く尖った耳……エルフ族の証左だ。
 先程までそこに<鋼鉄の女神>があったことなど知らぬかのように、男はすたすたと気軽な足取りで近づいてきた。倒れたキルファの側で立ち止まると、足元に視線を移す。
「え……?」
 ダレットが呟いた。
 光の防御反応がない。男がキルファのすぐ側に近づいても、ダレットを弾き飛ばしたあの光が発生しない。
 二人が見つめるその前で、男はキルファをひょいと抱え上げる。その仕草は、顔馴染みに対するかのような気安さがあった。
「貴様は……」
 何者だ。そう言おうとするカシュラルに、男は顔を上げるとひょいと肩をすくめて笑って見せた。
「どうも」
 のんびりと笑って言って寄越す。この場にはあまりにもそぐわないその一言に、カシュラルは顔を歪めた。ぎりっと男を睨み付けると、身体の向きをややずらし、右手を左腰に添える。いつでも抜刀出来るように、だ。
「こんにちは……カシュラル・レストラード司令官」
 この男は、自分のことを知っている。カシュラルが、緊張に顔をしかめた。
「何者だ……?」
「まあ、見ての通りエルフです。貴女方が必死で探していた、反乱軍の軍師ですよ……一応、リュシウス・ロンバーグという名前がありますけど」
 キルファを抱えたまま、男……リュシウスはにこにこと笑って言った。
 反対に、カシュラルはすうっと目を細める。抜刀するべく気合いを溜めた。彼女にしてみれば、反乱の首謀者だとかいうこの男を捕縛するのが最優先だ。ダレットには悪いが、腕の中のキルファを気にしている余裕はない。
 だが……
「動かない方が良いと思いますよ」
 リュシウスがが相変わらずのんびりと言った。同時に、首筋に冷たいものを感じる。
(しまった!)
 カシュラルには似合わない失態だった。目の前の男に気を取られて、忍び寄られ、後ろを取られていたのに気付かなかったのだ。
 舌打ちして、首だけで後ろを振り返る。燃えるような赤毛のエルフの女が、自分の首筋に短剣を突き付けていた。
「ふざけるな」
 カシュラルは吐き捨てるように言った。
「私が自分の命を惜しむような人間に見えるか?」。
 構わずに抜刀しようとする。たとえ斬られても、最期にこの男を倒す力が残っていればそれで十分だ。
 カシュラルが刀を抜いた瞬間、ばちっ! と音がして、電光がカシュラルを打った。赤毛の女……ブランシュが、電撃の魔法を起動したのだ。
「ぐうっ……」
 うめき、カシュラルは手にしていた刀を取り落とした。そのまま地面に倒れ込む。一瞬とは言え、電撃を食らったせいで身体がしびれている。力が入らない。
「き……さま……」
 地面に倒れながらも、カシュラルは壮絶な顔でリュシウスを睨み付ける。
「私は、貴女に死なれては困るんですよ……レストラード司令官」
 カシュラルに、リュシウスは自嘲気味に笑って応じた。カシュラルもそこで力尽き、目を閉じて気を失ってしまう。
「さて。貴方にも出来れば剣を捨てて欲しいんですけどね」
 リュシウスは今度はダレットに向き直った。
 まだ弾き飛ばされた時の痛みが消えていなかったが、ダレットは短剣を抜いてリュシウスに向けていた。だが、腕の中のキルファのために踏み込むことが出来ない。先程投げた長剣は、リュシウスの足元に転がっている。
 すぐ後ろに佇むウィレムにも、気づいてはいた。腰のエストクを抜くでもなく、にやにやと笑ってダレットを眺めている。
「…………」
 ダレットはぎりっと歯を食いしばり、周囲を見回した。
 キルファは気を失ってリュシウスの腕の中にいる。人質と同じだ。カシュラルもまた、すぐ側に倒れている。これも、盾に取られる可能性が高い。
 赤毛の女は魔法の使い手、金髪の男はおそらくは剣士だ。目の前のリュシウスとかいう男だけは、強いのか弱いのかいまいちはっきりしないが――この状況で自分一人が抗っても、無駄死にするだけだと悟る。
 ダレットはぎりっとリュシウスを睨み付ける。気の弱い者なら睨み殺せそうなその顔にも、リュシウスは皮肉げに笑って応じただけだった。
「くそっ!」
 ダレットが舌打ちする。
 壮絶な顔をして、ダレットは自分の武器を地面に放り投げた。

「最悪だ……!」
 誰もいないところで、少年は一人舌打ちした。
「まさか。まさかこんな結末になるなんて……」
 拳を握り、側の木に叩きつける。何枚か葉が落ちてくるのを見て、自嘲気味に笑った。まるで人がやるような仕草ではないか。
 リュシウスの腕の中の少女に視線を移す。固く目を閉じている。ただ見れば眠っているようにも見えたが、少年はそうではないことを悟っている。
 目覚めることのない眠り。あの目が開くことは……おそらく、もうない。
(……何のために)
 少年は一人ごちた。
「何のために、今までやってきたんだ……」
 自らの手で封印を破り、彷徨ううちにリュシウス・ロンバーグを見つけた。彼に真実を突き付け、代わりに協力するように仕向けた。
 だが、実際は。軍師たるリュシウスには、これは満足できる結末だろう。だが、自分にとっては最悪な結末だ。あまりにも分の悪い取引ではないか。
「僕はどうすればいい……? ……<鋼鉄の女神>」
 虚空に向かって尋ねる。だが、答えは返ってこない。<彼女>に答える権能は与えられていない。ただ、与えられた命令を実行するのみだ。
「…………」
 少年はため息をついた。
 いっそのこと、<女神>のように何も考える力を持たなければ、その方がよほど楽だったかもしれない。自律思考を組み込まれてしまったがために、自分はこうやって苦しんでいる。
 この苦悩を……遥か昔の人々は望んだのだろうか?
「笑止じゃないか……」
 誰も知らぬところで、少年は一人呟く。かすれた声は風に溶け、消えた。  

 

 
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