77.絶望の色
紫の瞳。
人間とエルフの混血、ハーフの証。
そして、かつてその力を誇った種族、二つの種族の祖先、<天人>の証。
「じゃあ、キルファの目の色が天人と同じってのは……」
「エルフと人間に分岐して、分かれてしまった<天人>の要素が、混血することによって合わさって元通りになったってことかな。無論、長い年月の間に純粋化が進んでいるから、完全な天人種族とは言えないんだけど、目の色くらいは戻ったと。ついでに、その力の一部もね」
ダレットの言葉に、少年が答えた。
「力……」
ダレットは見たことはないが、話には聞いている。キルファの持つ、エルフすら戦慄させた魔法の力。あれも、天人種族から受け継いだものなのか。
「上手くできているというか何というか……」
ダレットがぼやくように言う。その言葉に、少年は皮肉に笑って見せた。
『暁』。夜明けの大地。
それを目指して――残った最後の天人たちは、この大陸のあちこちに仕掛けを施した。
<鋼鉄の女神>を始めとする、魔法の道具……『遺産』を、各地に封じたのだ。
もしも、エルフと人間の双方の血を引く者、つまり両者の間の溝を埋めることの出来たことの証が現れたら、その助けとなるように。
片方の手に渡ることがないよう、混血児にしか解くことの出来ない封印を施して。
いつしか、封印された場所は『遺跡』と呼ばれるようになったが……エルフと人間、そのどちらにも入れないが故に、忘れ去られていった。混血児はたまには生まれたが、その存在も、真実も知ることはなかった。たった一人……偶然に遺跡に遭遇したキルファを除いては。彼女が手を伸ばした瞬間、封印は崩れ去った。
その魔法の知識故に、キルファはその遺跡の奇怪に気づきはしたものの、真実までは知る由はなかった。
だが、その均衡は崩れる。
一人の青年と少年の出会いによって。
『僕は……<叩くもの>。そう命名されている』
軽く胸に手を当てて、少年は名乗った。少年の前に佇んでいるのは、リュシウスだ。
『<叩くもの>……ですか。あなたは、何を叩こうとするのです?』
にこやかに微笑み、リュシウスは言った。
『この世界の未来の扉を。多分、あなたが望んでいる……ね』
少年の語る世界の過去を、リュシウスは黙って聞いていた。そして、告げる。
『成る程。……でも、私にこんな話をして、あなたに何の得があるのです?』
笑ってリュシウスは言う。次に少年が何を言うのか、全て見越しているような表情だ。
『所詮、僕は道具だから。与えられた命令を実行することしかできない』
少年は哀しげに、皮肉めいた笑いを浮かべた。
『天人と今のエルフは、使える魔法の力も違うけれど……最大の差は、魔法を『維持』出来るかどうかだ。エルフがその場で呪文を詠唱しなければ魔法を使えないのに対して、天人は魔法を起動したまま保持し、必要な際に高速起動したり、道具に封じたりした。
……それはつまり、魔法の道具を作れるって事だね』
少年は淡々と語る。
『僕も、魔法なんだよ。魔法によって生み出され、維持されている身体。今こうやって喋っているこの『心』も、ただの複雑な呪文の塊だ。
そんな僕に、自由意志なんてあるわけがないでしょう? だから、僕の言葉は、『暁』を仕掛けた最後の天人の言葉ってことかな。つまり、あなたの先祖だ』
少年の言葉を、やはりリュシウスも淡々とした表情で聞いていた。
『つまり、誰も彼もが我が侭だってことですね』
身も蓋もなく言ってのける。
『確かに、私たちだって滅びたくはありません。けれど、元々同じ種族なのだから仲良くしろ、などと言うのは、昔の人々のエゴですよ。私たちには私たちの世界があり、考え方があり、望みがある。
昔言われた言葉の引用ですが……『結局は同じだから、と違いを無視するのは単なる現実逃避だ。違いを認めてこそ、前進するものもある』、だそうです』
にっこりと笑ってリュシウスは言った。
『へえ……? 会ってみたいな、その人に』
『もう亡くなりましたよ。娘を一人残してね』
面白そうに言う少年に、寂しげに笑ってリュシウスは言う。
『それなら……あなたは、この話を聞いてどうするの? 今まで通りに、人間と戦う?
そんな状況に疑問を抱くあなただから、僕はここに来たし、こうやって話をしたんだけど』
『そうですね……』
しばし考え、リュシウスは言った。
『あなたの案に乗りましょう。あなたの、その主人の望みとやらに手を貸しましょう。
……あなたの手駒になろうではありませんか』
『ふうん……?』
リュシウスの言葉に、少年は首を傾げる。
『でも、覚えておいてください。私があなたと手を組むのは、決してあなたの使命のためではない。
私にも、たった一つだけ望みがあります。その過程としてあなたと手を組むのが得策だと思うから、こうやって手を貸すんです。
つまり、他の何者でもない、私自身のため。それでも構わないのであれば』
言って、リュシウスは右手を差し出した。
『……良いよ。お互いに利害が一致するならね。
……ところで、その望みっていうのは、一体何?』
『さあ。何でしょう』
リュシウスは笑って肩をすくめた。
映像が途切れ、本来の部屋の情景が戻ってくる。だが、ダレットは黙って、先程死んだ男の残影を見つめた。
今なら、リュシウスの『望み』が何であったのかは分かる。彼にとってはあまりにも遠いところにいた、たった一人の女性だ。
だが、結局目の前でそれを失い、自身も死を選んだ。キルファを始め、多くの人々を巻き添えにしたことを考えれば、それは当然の報いかもしれない。しかし、何処かで憎みきれない自分がいるのも確かだった。
「……そうか」
ぽつりとダレットは呟く。
「リュシウスに、『遺産』の封印を解けるのが混血だけだってことを教えたのはお前か」
少年を振り向いて問うダレットに、少年は静かに頷いた。
偶然遺跡を見つけたキルファはともかく、そのことを知る者などいるわけがないのだ。ハーフは滅多にいないし、そのハーフが遺跡に遭遇する確率は相当に低い。
「僕は他の場所の『遺産』の位置は、大体知っているからね。それをあの男には教えた。最強の兵器の場所も。……そうしたら、一人だけ心当たりがある、って答えが返って来た」
それが、かつての知己のキルファだったわけだ。ダレットは唇を噛む。
「でも」
ぽつりと少年は言った。
「そう言ったあの男は、別に嬉しそうじゃなかったよ。むしろ苦しそうだった。
知っていたんだよ、あの男も。人の心を利用することの罪を。別にあの男をかばうわけではないけれど」
『知っていましたよ。その上で全てを命じたのは、私です』
少年の言葉に、聞いたリュシウスの言葉が重なる。
「それに、殺戮のためにあの<鋼鉄の女神>を持ち出したわけでもないみたいだった。最初にただ力を見せ付ける、それだけのつもりだったんだよ。己の望みとあの子のことと戦いと、見つけた妥協点がそれだったんだろうね」
もし人間の殺戮が目的ならば、わざわざ戦場など用意せずに<女神>で王都を壊滅させているだろう。それをやらなかったのは、あくまでも力を見せつけ、『対等』を認めさせるためだった。
ダレットは黙ってそれを聞いている。
「……なあ」
ややあって、ダレットは尋ねた。
「お前も『遺産』だって言ったよな? だったら、何でお前だけ封印されていないんだ? 以前に誰かに封印を解かれたのか?」
「違うよ。僕は誰に解放されたわけでもない」
ダレットの問いに、少年は苦笑して答える。
「確かに、僕も以前は大陸の隅に封印されていたんだよ。……けれど」
そこで少年は言葉を切り、自嘲気味に笑った。
「それに耐えられなくなってね」
ぽつりと少年は呟く。
「僕は……<叩くもの>は、魔法による兵器に対抗するための道具なんだよ。兵器としての力はまったく搭載されていないけど、その代わりに強力な情報処理能力を与えられている。他の魔法の道具に『場』の方から干渉して、それを使えなくしたり別の機能を組み込んだり……考えようによっては弱いけど、考えようによっては強い存在だ。
周りの状況を判断して、的確な情報処理を行うために、人の『思考』を模した機構が組み込まれてる。比較判断して、最善を見つけだすためにね。
最初は、ただの機械だった。けれど、長い長い間に、たった一人であれこれ『考えて』いるうちに、段々……その、恐くなってきてね」
「……恐い……?」
ダレットが不思議そうな顔をした。
「そう。
たった一人で暗闇の中にいるのが。もしかしたら、外ではみんな死んでしまっていて、自分が解放されることなんてないんじゃないか、ってね。
構造化されて模写された人の心が、成長してきた……と言うと、少し語弊があるかもしれないけど。これが『心』なのか、いまいち自分でも自信がない。
とにかく、一人でじっとしてるのが恐くなって……自力で封印を破って飛び出した。何かをやっていなければ、『使命』に向かっていなければ、恐かった。
自分が何のために存在しているのか、分からなくなるから」
少年はダレットにぼんやりとした視線を向ける。しかし、その瞳に映っているのはダレットではなく、かつて自分を創り出した主人たちなのだろう。
「でもまあ、この『心』が搭載されている遺産はそう多くない。あの<女神>にはそういった機能はない。あれは強力だけど、ただ操縦者の意思に従って動くだけの機械だ」
「――――!」
少年の言葉の端を捉え、ダレットは眉を跳ね上げた。あの<女神>は、操縦者の意思に従って動くだけ。
ならば……
まさか、と思っていた可能性。かすかな疑念がどんどん膨らみ、心の中で黒い渦を巻いていく。
知らぬ間に、握った拳が震えていた。顔面を蒼白にしたダレットに少年はやや遅れて気付き、首を傾げる。
「……どうしたの?」
のんびりとした様子で少年が問いかけてくる。しかしダレットはそれに答える余裕はなく、震えたままで声を絞り出した。
「……あの<女神>の操縦者……ってのは、キルファのことか?」
ダレットの言わんとしていることに、少年はようやく気付いたようだった。小さく頷く。
「なら、あの……」
あの戦場での殺戮劇。帝国軍とエルフを無差別に蹂躙したあの魔法は――
「この子はね」
少年は俯き、言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「この子は自分に魔法を向けたんだ。<女神>ごと自分を引き裂くつもりでね。でも、<女神>に備わっている防御と攻撃魔法が反発しあって、周囲に乱反射してしまった。
……それが、あの戦場に叩きつけられたんだ」
ダレットはそれをぼんやりと聞いた。
「……自分に魔法を向けた……っていうのは?」
ややあって、少年の言葉の一部を反芻する。
「僕は、この子が過去に何を見たのか断片的にしか知らないけれど。……誰かに憎まれて、それでも自分を信じていられる人はそう多くはないよ。むしろ、それはある意味で傲慢だ。
ずっと周囲に憎まれて、侮蔑の言葉を叩き付けられて……その言葉のままに自分を嫌うしかなかったんだ、この子は。そうして、自分のやったことを見せ付けられて、自分が消えることが正しいと思ってしまったんだろうね。
でも、それはかなわなかった」
最後はやや声のトーンを落として、少年は言った。
「…………」
ダレットは、唐突に最初に出会った時のキルファの瞳を思い出す。全てを拒絶するような鋭い瞳。
それには……彼女が拒絶してきたものには、彼女自身も含まれていたわけだ。
「……それなら」
ダレットは少年に向き直って口を開いた。
「キルファが……俺に殺されたと思っている、ってのは?」
先程の少年の言葉を思い出し、ダレットは少年を睨み付けるようにして言う。
「あの<女神>はね、操縦を円滑にするために、<女神>と操縦者の感覚を同調させるような機能があるんだ。例えば<女神>が何かに触れたら、自分が触れたように感じるってね。
あなた、<女神>に向かって剣を投げたでしょう? 心臓部分を狙って」
「……ああ」
ダレットは頷く。その直後、突如として<女神>は姿を消してしまった。
「その知覚も、<女神>は正確に操縦者たるこの子に返してしまったんだ。だから、この子は自分が心臓を貫かれたと錯覚してしまった。
確かにこの子はまだ息をしている。ただ見れば、生きてると言って差し支えないだろうね。
けれど、心が『死んだ』と思っているならば……自分が生きていることに気付かなければ、この子はずっとこのままだ。そうなれば、いずれは本当に死んでしまうだろうね」
ダレットは黙って傍らのキルファの顔を見つめた。あの鋭い瞳も、不器用な笑顔もそこにはない。ただ、紫の虚ろがダレットの顔を映し込むだけ。ダレットは唇を噛む。
「…………」
先人たちは、各地に封じた遺産を『暁』と呼んだという。それは、いずれ訪れる希望の光、といった意味だったのだろう。そう願った人々の気持ちはダレットも分からなくもない。
だが。
それが一体何をもたらした? それはキルファの瞳を見る限り、希望でも何でもない。むしろ――
「絶望じゃないか……」
ダレットは苦々しげに呟いた。
