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電子書籍はすばらしい

「電子書籍はすばらしいわ」
 唐突に彼女は切り出した。
 ただしその顔は僕を向いていない。くわっと見開いた目はパソコンのモニタに向けられ、室内にはがちゃがちゃとキーボードに十指を叩き付ける音が響いている。
「まあ、ニュースでさんざん言われてるよな。かさばる本を持ち歩かなくていいとか、本棚から本が溢れてベッドにまで積み上げた挙げ句、本人は床で寝なくてすむとか」
「誰の話、それ」
「どっかの誰かの知り合いの実話らしいぞ」
「何それ。いえ、私が言いたいのはそんなことじゃないわ。もっとすばらしいことを、電子書籍は起こせるのよ」
 そこで彼女はようやく僕をひたりと見据えた。
「電子書籍は、ページ数を気にしなくていいわ」
「……というと?」
「必死こいて書いた原稿を、『ページ数多すぎるんで削って下さい』と言われたときのあの悲しさ! 初稿を書き上げた段階では予定どおりなのよ、ただ改稿してるうちにどんどん増えていくのよ! 原稿ってねえ、増やすより削るほうがよほど難しいのよ!」
「……それはただお前の計画性のなさが原因だ」
「シーン単位で削れなくなって、しまいには一行単位で文字数減らしていくあの作業! 三行あったところを二行に押し込むものだから、気がつくと紙面が真っ黒なのよ! ライトノベルは改行多めって言われてるのに!」
「お前の原稿が真っ黒なのは元からだ」
「ともかく! 多少ページ数が増えようと、データだったらどうせ数キロバイト増えるだけだもの。文庫一冊ぶんのテキストファイルってだいたい二百キロバイト強なのよ。ふふふ、そこらのウェブサイトの画像のほうがよほど大きいと気付いたときには愕然としたわ!」
「ギャルゲーはテキストだけで数メガバイトあるけどな」
「ともかく、電子書籍はそんな苦しみから私を救ってくれるはずなのよ! さっさと来い電子書籍の時代!」
 そこで彼女はばっと万歳するような仕草をした。それはなかなか迫力ある動きだったが、僕は半眼で眺めつつ、
「そこで叫んだところで締め切りは延びんぞ。だいたいお前、ページ数削る以前にまだ真っ白だろが。いかに電子書籍と言えど、白紙の画面はごまかせないからな」
 きっぱりと告げる。
「……ううううう」
 彼女は涙目になりながら無言で原稿作業に戻った。
 先はまだまだ長そうだった。

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