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幽霊の呪いに関する一考察

 それはふとした思いつきから始まった会話だった。
「ねえ、幽霊って夜、枕元に立つって言うよな?」
 数人の同級生と連れだって歩いていると、そのうちの一人がふとこんなことを言った。
「そうだねえ。でもなんでいきなりそんなことを?」
 わたしが尋ねると彼はこう答えた。
「いや、枕元に立つってことはそいつを呪いたいんだよな多分。でもってもし血縁の全員のところに出たい場合、いったい何人の枕元に立てば良いんだろうと」
 彼の言葉にわたしは少し考えこんだ。枕元に立つ幽霊というのもいろいろいるが、彼が言う血縁すべてのところに出るというのは、「末代まで呪ってやる」とか言って死んだ霊のことだろうか。
「何人の枕元に……って?」
「いや、最初のうちはいいけど、十代目とかになると血縁の数も増えるじゃないか。そいつら全員の枕元に立つとなると幽霊もけっこう大変なんじゃないだろうかと」
 唐突にこういうことを思いつく彼の神経はよく分からなかったが、たしかに言われてみればそんな気もする。わたしと彼はだんだん気分が乗ってきて、本気で「幽霊が枕元に立つ場合」について検討し始めた。
「ええと、検証となるとまず『幽霊が枕元に立つ』という状況をきちんと設定しないといけないんだよね。
 呪いたい人もしくはその血族の寝床の枕元に立って、じーっと見つめてみたり恨み言をぶつぶつ呟いたりして相手に嫌がらせをすればいいのかな? ……なんだか遠回しな手段だよね……」
 指折り数えて言いつつわたしはふと遠い目をした。
「だいたい枕元に立つって効果的な呪いの手段なのかなあ?」
「相手を寝不足か夢でうなさせれば効果はありそうな気がするけどな。恨み言を言うとか、枕元で子守唄を歌ったりしてもなかなか効果的かもしれん」
「……水子限定じゃないかなそれは」
 彼はむう、とうめいてからまた口を開いた。
「だいたい何時に枕元に出ればいいのかもはっきりしないしな。相手が照明を点けておかないと眠れない質だったりしたら、出てもあまり風情がないし。幽霊はやっぱり暗闇とか夜霧の中とかにぼんやりと立っていないと風情ってものが」
 なにやら幽霊の風情とやらにこだわりがあるらしく彼はひとり頷いている。その一考察にも興味があったが今は話を本題に戻そう。
「で、次はその呪う対象っていうのを決めないといけないんだけど。対象は、霊に末代まで呪われるようなことをした人とその子孫?」
「そうだな」
「でも子孫って何人いるのかよく分からないんだけど」
「こればっかりは平均値を取るしか……平均出生児数が二人くらいだった気がしたから、代々二人ずつ子供が生まれたということにしておこう」
「りょーかい」
 わたしは頷き、人数を計算するための式をぶつぶつと呟いた。
「家系図を辿ると1、2、4……っていうふうに人数が増えていくから、n代目までの呪いたい人数のトータルは1 + 2 + 4 + …. + 2n-1になるから、えーと」
 紙に書くならともかく歩きながらだと計算はうまくいかない。彼のほうもしばし指を折って数えていたが、やがて顔を上げた。
「2(1 – 2n-1)/(1 – 2) + 1……こんなん計算してられるか。まあとにかく代を追って1、3、7、15って増えていくんだよな。十代目で……トータル1023人か」
 乗算で増えていくから代を追うとかなりの人数になるだろうとは思っていたが四桁か。わたしは一瞬愕然とした。
「さすがに暗算だときつい数だな」
 彼も苦笑している。
「つまりその幽霊はトータル1023人の枕元に立たなくてはならないと……」
 既に死んでいる身に疲労というものがあるのかは知らないが、たとえそんな感覚がなくともうんざりとしそうだ。
「まあこれはトータルの値であって、一度に呪わないとならない数じゃないけどな。一代目から十代目までが同時に生きているわけがないし」
 言われてみればそりゃそうだ。わたしは少し落ち着いた。
「じゃあ、一度に呪う最大数は?」
 わたしが問うと彼はふたたび指を折って計算し始めた。
「さっきの計算と同じく、八代目から十代目までが生きているということでいいか? となると……128 + 256 + 512だから896人だな」
「げっ……」
 わたしは絶句した。つくづく指数関数というのは恐ろしい。
「ネズミ算ってのがあるけど、人間も代を追えば増えるもんなのね……」
「ネズミの場合は更に一匹あたりが生む子供の数と代替わりするペースが違うんだろうな……」
 二人でちょっとしみじみする。ともあれ当初の疑問は解けた。
「つまりもし幽霊がうっかり『末代まで呪うぞー』などと言ってしまった場合、代を追うごとにその対象となる人数は増えていって、しまいには千人以上を一度に呪う羽目になると」
 昔の人はよく言ったものだ。人を呪えば必ず自分にも返ってくると。まあ人を憎まざるを得ないことも世の中あるのだろうが、死んだ身で千人以上に嫌がらせをし続ける人生――というのだろうか――はあまり想像したくない。
「それだけの数になると、たとえ枕元に立つだけでも嫌だな」
 幽霊がやる嫌がらせというのもいろいろとあるが、枕元に立つだけならば簡単な部類に入りそうだ。それでもあまりに人数が多すぎるとなると……。
「でもさ、もし一晩にそれだけの人数の枕元に立つとなると、一人にそうそう構っていられないよね」
 ふとわたしは思いついて言った。彼も頷く。
「ええと……幽霊が枕元に立つ時間ってのは深夜だから、深夜一時から六時までとするか。それをさっきの896人で割ると……」
 またも彼は計算し始めた。わたしは暗算が面倒なので彼が計算を終えるのをひたすら待つ。
「300分イコール18000秒だから、896で割って……20秒ちょい?」
 彼の呟きにわたしは一瞬身体を固まらせた。
「一人あたり?」
「そうだな。……これは移動時間を一切考えない数値だから、ちょっと枕元に立ったらすぐに移動して次の奴に行かないと一晩で回りきれないな」
 枕元に二十秒しかいない幽霊など、気づくほうが稀なのではないだろうか。幽霊は苦労して千人弱を回っているのだろうになんだか気の毒、むしろ間抜けだ。……まあ、一晩で全員回らずとも数日に分けて行えばいいのだろうけど。
「はあ……」
 言い出しっぺの彼もこの計算結果には呆れたらしく、何とも言えない笑みを浮かべている。わたしは呟いた。
「これはあくまで平均値であって、もし子沢山の人がいたり配偶者も対象に入れるならもっと増えるんだよね」
「まあ、中には早死にもいるだろうからそこらは相殺していいんじゃないか」
 人の生死を計算しているのにわたしたちも随分あっさりしたものだ。
 しかし、とわたしは思う。単純な計算で、十代辿れば世の中の千人近くとわたしは親戚ということになるのか。従兄弟の顔もろくに覚えていないわたしは、そんな縁遠い十代前の縁で呪われるのは嫌だなあとつくづく思った。
「もしわたしが嫌なことがあっても、間違っても『末代まで呪ってやる』なんて言うのは止めるわ……」
 わたしがしみじみ呟くと彼も頷いた。何が悲しくてさんざんな目に遭った上に死んでまでそんな苦労をしなくてはならないのか。
「でもそうなるとどうやって幽霊は恨みを晴らしたものかな?」
 枕元で嫌がらせができないとなると。考え込んだわたしに、今まで黙って話を聞いていたもう一人がひとこと言った。
「そこまで放っておかないで、その前に呪い殺して全滅させればいいじゃん」
「…………」
 わたしと彼はその言葉に黙り込んだ。確かにその通りだ。わざわざ十代も子孫が繁栄しているのを黙って眺めている必要はないのだった。いや、何の必要なのかはよく分からないけど。となると、さっきまでの計算はすべて徒労?
「…………」
 わたしと彼は思わず脱力して、何となく、
「申し訳ありませんでした」
 最後に言ったもう一人にがっくりと頭を下げたのだった。

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