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図書館で戦争

「くそっ、もはやここまでか……」
 銃声と怒号に混じり、誰かの呻きが流れてきた。
 状況は絶望的だ。防衛線は次々に突破され、仲間たちは敵の銃弾に倒れた。作戦本部であるこの書庫が撃破されるのも時間の問題だろう。
 それは完全なる敗北を意味する。私たちの死ばかりではなく、人々にとってとても大切なものの。
「ここで図書館おれたちが負けたら……誰がこの国の本を守るってんだよ!」
 隣にいた男が書架の陰から応戦する。数度の破裂音の後、向こうで敵がひとり倒れるのが見えた。だが焼け石に水といった感が大きい。
「くそっ、もう本もほとんどねえぞ。文庫が十五冊、四六版が三冊だ」
 悪態をつきながらも男は文庫を二冊掴み、回転式拳銃に装填して引き金を引く。だが、
「ちっ、文庫じゃろくにダメージが……」
 男の言うとおり、弾は命中したものの敵は倒れもしなかった。コスト重視のひ弱な文庫本では直撃してもたいしたダメージは与えられない。中にはやたら分厚い文庫本というのも存在するが、あれには拳銃を改造しなければならない。
「畜生、せめて美術全集でもあればな。あの死ぬほど痛い角を連中に食らわせてやれたのに」
「あれは初期の作戦で撃ち尽くしたじゃない」
 近くにいた女が疲れたような声音で返す。
 本を守るべく戦っている私たちの武器とは、皮肉なことに本だった。百科事典、文学全集、ハードカバー。その頑丈さと尖った角だけが私たちの盾であり、剣なのだ。
 だが、今や書庫に並ぶ書架はほとんど空っぽとなっている。
「……これまで、なのか」
 口にしたとたん、絶望が襲ってきた。そんなのは嫌だ。本に込められた多くの人々の想い、祈りが踏みにじられるようなことは。
 何か。何かないのか──この状況を脱する手段。
 壁の覗き穴から外部の様子を窺うと、利用者用のフロアは敵に埋め尽くされていた。その中でひときわ威張り散らしている男はあちらの司令官だろう。顔に見覚えがある。
「どこで見たんだっけ……」
 呟いた瞬間……ふと、脳裏に一筋の光が疾った。
 急いで身を翻し、書庫の隅に積み上げられた本を引っかき回すと、本の神様のご加護だろうか、はたしてそれはあった。文庫が一冊ではたいしたダメージは与えられない。だが、これは当たりさえすればいいのだ。
「おい、そこから狙い撃つつもりか……」
 本来、拳銃は狙い撃つための武器ではないのだが、強引に銃口を覗き穴に射し込む。さらなる幸運。敵はまだ気付いていない。
 照準器にターゲットを捉え、──銃声。
「ぎゃああああっ!!」
 たった一発。だが、司令官は床に転がって悶絶した。
「なっ……? 隊長、隊長っ!?」
 その有様に敵も味方も困惑したようだ。だが、我に返ったのは味方のほうが先だった。生き残った仲間たちがいっせいに息を吹き返し、私たちの図書館を奪還すべく反撃の狼煙を上げる。
「よし、俺たちも行くぞ!」
 男が気力のみなぎった顔で駆け出そうとする横で、女が尋ねてきた。
「ところで、どうして文庫の一発で司令官が倒れたのかしら」
 私はゆっくりと振り返り、にやりと笑いながら、
「あの文庫は司令官のデビュー作だよ。あの男、昔小説を書いたことがあったんだね。若気の至りで詩とかこっ恥ずかしい告白シーンが長々と書いてあった。おかげで効果覿面」
「なるほど。そりゃ一撃でぶっ倒れるわな」
 そして私たちは大声で笑ったのだった。

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